陸に立って水平線を眺めていると、日が沈むにつれて遠くの山の稜線と波の起伏の境界が 消失していくように見えた。地殻の上で起こるあらゆる事象は海や山を形成し大地の体をなしているということに気づいたのである。
素足で踏み広げた粘土をCarving(=彫る)する。彫ってでた粘土片の塊は山の類だろうか。ひとつの土壌が私のCarving作用によって分離し移動した形態は大地の成り立ちを表している。

【CARVING 大地  (2019)】

侵蝕されたものと堆積したものを組み合わせてできる形態を以って循環の中で生じるもの、または残ったものの形貌を私の想定と解釈を踏まえて表そうとしています。私の行為は外的営力として作用し、さらに堆積したものを運搬する作用も担っています。土塊を彫っては出た屑を積み上げるという工程は水辺のぬかるんだ泥や砂利の土壌を凝視したり夢中で穴を掘ったりした私の視覚・感触的記憶を想起させるのです。

【森で会いましょう (2019)】

 

 

ある意味も価値もない塊があるとして、それが環境との摩擦によって変容し長い時間を経て尚、形を保持していたとしたら

どんなものだろうか。それが脆く限りあるものであればあるほど私は魅了され、危ういままの形を留めようと努めるだろう。

私が作る形は、私を投影し私を受け留める為の器である。

その形が一つの実体として風景に溶け込んで同化し、自然の一部として存在できるように願っている。

【まだそこにいたのか (2016)】

                            

© 2018 seiji matsumoto